サラウンド・サウンド
『第51回グラミー賞』のノミネートが公式ウェブサイトで発表され、ベスト・サラウンド・サウンド・アルバム賞の候補に、コーネリアスこと小山田圭吾がプロデュースした『Sensurround+B-sides』の名前があがっていることが、わかった。
『第51回グラミー賞』のノミネートが公式ウェブサイトで発表され、ベスト・サラウンド・サウンド・アルバム賞の候補に、コーネリアスこと小山田圭吾がプロデュースした『Sensurround+B-sides』の名前があがっていることが、わかった。
僕が日本一の音楽家だと思っている三枝成彰さんにこの話をしたら、彼は「音楽がまさにそうだ」と言っていた。
日本人はなぜ音楽を聴くのかというと、情緒だ。気持ちが癒されたりリラックスできたりする。
一方、西洋人にとっての音楽(哲学者カントの登場以降)は、情緒ではなくメッセージ(思想)なのだそうだ。西洋人にとって音楽を聴いて気持ちよくなるのは悪なのだ。あくまでも音楽はメッセージであり、気持ちよくさせるような音楽は堕落なのだという。
ヨーロッパの人間は論理を重んじる。これがイデオロギーになる。日本人は情緒を重んじる。これが曖昧さや柔軟性になる。そのことをとても強く感じた。
毎朝、大きな音で誰かのお気に入り曲が流れ、みんなきびきびと支度や掃除をしている。実はそれを楽しみにしている。とてもセンスがいい。誰からか「掃除中に流す曲を編集してこい」とか、仕事のようにやっているのではなくて、おそらく、誰かが勝手に好きにやっている。個人の感覚でやりきっている。怒られたら謝って、やめるだけ。そんな「やりきっている」感じがあって、それを誰かが感じて、そこから何かが生まれる。そういうのがとても好きだ。密かに企みでやってもいい。とにかく、頼まれる前に何か「自分を出し切る」行為が好きだ。
デザイン事務所をはじめて、そのころのほとんどの仕事は自主プレゼンと自主企画展のふたつの「自主活動」だった。自分のやりたいようなテーマで展覧会をして、細かな造作も誰に何も言われずにやりきる。もちろん当たり前だけれど、自分のお金でやる。それを見た人から「おもしろいね」と言われたら、今度は「何か提案してもいいですか?」と売り込んで、自分なりに「仕事を生む」ことをするための提案をする。これも自分の解釈で「やりきる」。
お願いされるということは、何かその人がやったことに、どこかで触れて、「お願いしたい」と思って成立する。そういうの、いいなぁ。
ジャズやソウルであったり、またはテックであったり、別々のものと認識している人もいると思うんですけど、少なからず接点があって。そういうものを繋いでいって、いろんな世界へ連れて行きたいという感じで制作しました。僕のDJも、共通点のある音楽をかけながら、様々なスタイルの音楽に展開していく、という感じなのですが、もともとハウス自体がそういうDJスタイルであり、クロスオーヴァー・ミュージックだと思っているんです。